コラム

2023/05/07 コラム

日弁連の「自由と正義」にエッセイが掲載されました

日本弁護士連合会が毎月発行し、全国の弁護士に配布されている「自由と正義」という雑誌があります。
2023年4月号の「ひと筆」というコーナーに、私のエッセイを掲載していただきました。
以下にその全文を載せますので、よろしければご高覧いただければ幸いです。
(出典:「自由と正義」、無断転載は禁止です)

~新幹線運転士から弁護士への乗り継ぎ~

 私は弁護士になる以前、鉄道会社で5年間勤務しました。その際、短期間ですが新幹線の運転士業務に就き、新幹線の運転免許を取得しました。
 子供の頃から大の鉄道ファン、だったわけではなく、公益に関わる仕事という観点からインフラ関係の企業を主に受験し、運よくご縁をいただけた鉄道会社に入社しました。入社後数年間はまず鉄道の現場を経験させるという教育方針に基づき、駅員、車掌、そして運転士業務に従事する機会を得ました。ですので私にとっては、運転士になったことはある意味「辞令の拝命」という受動的なきっかけからでしたが、今になって振り返ってみると、実に得難い時間を過ごすことができたと思います。
 以下で、新幹線運転士の仕事を簡単に説明しながら、今の弁護士業務へつながっていると自分なりに感じている部分をつづってまいります。なお以下の記述は全て、約20年前の私個人の経験に基づくものですので、ご承知おきいただければ幸いです。

1 突破力
 運転士は、勤務時間中はほぼ単独で行動します。
 出勤日、担当する新幹線があらかじめ割り当てられており、点呼を済ませたら、今日の乗務に必要な準備品を点検します。発車時刻が近づいたらホームに上がり、担当新幹線に乗り込みます。運転席では所定の手順により素早く機器や車両の状態を確認し、発車時刻が来ると、やはり所定の手順で出発動作を行い、加速装置をオンにします。駅間の走行時間は新幹線ごとに微妙に異なっており、その新幹線ごとに合わせた適切な速度を頭の中で計算しながらダイヤどおりに走らせます。終着駅まで無事に到着できたら、乗務員詰所に入り点呼を受け、次に乗務する時刻まで待機します。
 運転士業務は、お客様の貴重な1分1秒を左右する仕事であり、もっと言えば命を預かる仕事です。もし自分のウッカリでミスを犯せば、即座に多数のお客様へご迷惑を掛けてしまうわけで、その重責を自分が直接に担っているという緊張感が常にみなぎっていました。ほかの誰かがミスをカバーしてくれると期待するのではなく、頼るべきはまず己のみという感覚を自然と身に付けることができました。そして厳しさと同時に、無事にやり遂げたときの達成感も味わうことができ、「プロとして働くとはこういうことか」という実感を、社会人になって数年のうちに学ぶことができました。
 その後私は司法試験に合格して弁護修習を受けているときに、指導担当弁護士に対して「弁護士にとって一番大事な能力は何でしょうか」と尋ねたところ、「突破力だ」という回答を頂戴しました。
 「突破力」とはすなわち、受任事件を進めていく中で、壁に直面することは度々あるが、その壁を壊すか、よじ登るか、迂回するか、いずれにせよ自力で壁を突破する力が弁護士には必要であるという意味でした。
 指導担当弁護士が示してくれた弁護士業務の厳しさとやりがいは、正に過去の運転士業務と同じであり、この仕事の魅力を感じ取ることができました。

2 基本を大事に
 前述のとおり、運転士が乗務中に行う作業手順はルーチン化されています。誰でも漏れなく実践するために、内容を平準化し、ミスなくかつ短時間で行える最も効率的な流れを確立することが業務上有用だからです。
 決められた手順を来る日も来る日も緩めることなく愚直に繰り返し続けることが運転士には求められます。逆にこのルーチンを守ることが、ミスなく職務を遂行する一助となり、その結果自分を守ることにつながるとも言えます。ルーチンに飽きが来ていつの間にか省略してしまう人は、運転士には向いていません。
 翻って私が弁護士として初めて法律事務所に入所した日、その代表弁護士が「ABCの法則」という話をしてくれました。
 ABCの法則とは、一般企業等でも採り入れられているものだそうですが、「(A)当たり前のことを、(B)馬鹿にせずに、(C)ちゃんとやりきる」ことが大切であるという訓話でした。基本をおろそかにせず、日々それを繰り返すことが、弁護士として良い仕事をするための秘訣であるというお話を伺って、やはりこれもすんなり得心が行きました。

3 常に不測の事態を想定する
 日本の鉄道は非常に安全です。事故が起こらないよう、車両・線路等の設備を保守する方々がたゆまぬ努力をし、人々が行き来する駅では駅員や車掌が常に警戒を怠らないからです。その方たちに対する信頼はもちろんありつつも、私は、乗務時間中はあえて事故が起こるかもしれないと危機感を持って取り組んでいました。それはやはり、万が一不測の事態が起こったときにも冷静沈着に対処できるために、頭の中で事前に備えをしておくことが重要だからです。
 1回1回の乗務は無事が確約されているわけではなく、トラブルの可能性はつきまといます。様々な可能性を想定しながら、もしそうなった場合は次にどう動くかを常時考えておく癖を身に付けることができました。
 言うまでもなくこのような危険予測は、弁護士にとっても日常茶飯事として求められる作業です。不測の事態が起きてしまってから狼狽するのではなく、前もって想定して準備に努めるという習慣を身に付けていたことは、幸運だったと思います。

4 事務所のネーミング
 実務的な側面からは、上に述べた3点以外にも今に生きていることは数多くありますが、紙幅の関係でこれ以上語りきれないのが残念です。最後に、運転士時代のこんなことまで私の心に刷り込まれていたのかと我ながら驚いた事柄があったので、ご紹介させていただきます。
 2020年7月1日に、おかげさまで私は独立開業することができました。事務所の名前を「まりん法律事務所」と名付けました。
 「まりん」の由来ですが、事務所名には普通名詞を使おう、特にひらがな3文字の単語が柔らかくて親しみやすい響きに聞こえると思っていたので、ひらがな3文字の言葉をいくつかピックアップし、最終的に広島の街にもなじみの深い海を意味する「まりん」と決めました。
 この由来をある先輩弁護士に話したところ、「ひらがな3文字言葉が良いと思ったというのは、のぞみやひかりといった新幹線の愛称から正に来ているのだろうね」と冗談交じりに言われました。
 そう言われてハッと驚きました。私にその自覚はなかったのですが、確かに運転士時代の楽しい思い出が無意識に私の心に刻み込まれていたからなのでしょう。
 当初は偶然の産物にすぎなかった新幹線運転士という経験が、いろいろな意味で今の私を形づくる大切なルーツとなっており、人生は誠に不思議で、おもしろいものだなぁと、深く感謝を抱いております。ひょっとすると弁護士の仕事も、決して人生の終着駅ではなく、いまだ乗り換えの途中なのかもしれません。

© まりん法律事務所